HISTORY

大橋屋家紋

大橋屋と紋三郎

江戸の芝居町に根ざした大橋屋の系譜は、
市村座で活躍した中村鴻蔵に始まります。
尾上家の芸統を礎に
幾世代にわたって受け継がれ、
やがて紋三郎派藤間流として結実しました。
藤間流(紋三郎派)は、昭和三十二年二月、
初代宗家五世藤間紋三郎により創流されました。
宗家五世紋三郎は、
歌舞伎界に於いて江戸時代より
続く「大橋屋」の当主であり、
祖父の
四代目尾上幸蔵と、伯父の四代目紋三郎・
五世藤間勘十郎に師事し、長年、宗家藤間流の
宗家代を務めていました。
師から弟子へ、親から子へと
受け渡された技と心は、
今も三代目の稽古場に生き続けています。

大橋家系譜

江戸末期

中村鴻蔵と大橋屋

大橋屋の歴史

中村鴻蔵(中央下)

江戸末期

中村鴻蔵と大橋屋

大橋屋の歴史は、万延元年(1860年)以前、
江戸の芝居町において
活躍した中村鴻蔵
(大橋鴻蔵)に始まります。当時、江戸の三座の

ひとつとして栄えた市村座は、歌舞伎をはじめ
とする舞台芸術の
中心地であり、中村鴻蔵はその舞台に深く関わりながら、大橋屋
という屋号のもとで芸の道を歩みました。

江戸の賑わいの中で磨かれたその技と精神は、
子の世代へと着実に
受け継がれ、大橋家の芸統の礎となりました。屋号「大橋屋」は以来、
代々の芸名とともに大切に守り伝えられてきました。

明治〜昭和

二世 尾上幸蔵

二世尾上幸蔵

明治〜昭和

二世 尾上幸蔵

大橋幸蔵(昭和九年没)。中村鴻蔵から受け継がれた大橋屋の芸統を
担い、明治から大正・昭和初期にかけて舞台に立ち続けた。
歌舞伎の演目から
日本舞踊の舞台まで幅広く活躍し、その立ち回りや
所作には大橋屋ならではの気品と力強さが宿っていたという。
舞台に立つ者としての誠実さと、
稽古への真摯な向き合い方は
弟子たちの心に深く刻まれ、次の世代を育てる礎となった。
大橋屋の芸が尾上家の流れを汲みながらも独自の深みを
増して
いったのは、この時代の積み重ねによるものが大きい。

明治〜大正

四代目 尾上紋三郎

四代目尾上紋三郎

明治〜大正

四代目 尾上紋三郎

大橋七郎(大正十五年没)。二世尾上幸蔵の薫陶を受け、
尾上紋三郎の名を四代目として継承した。

大正期の歌舞伎・日本舞踊の舞台において精力的な
活動を続け、その名を広く知らしめた。舞台に立つ姿は絵画や
写真に多く残されており、当時の観客を魅了したその芸の
高みを今に伝えている。
激動の時代にあっても芸への情熱を絶やさず、
稽古を積み重ね
舞台を踏み続けたその姿勢は、
後の紋三郎派藤間流の精神的な
支柱ともなっている。大橋屋の屋号が時代を超えて受け
継がれたのも、この時期の活動があってこそといえる。

昭和〜令和

初代 藤間紋三郎・藤間佳寿

初代 藤間紋三郎
藤間佳寿

昭和〜令和

初代 藤間紋三郎・藤間佳寿

大橋屋に連なる芸の系譜を引き継ぎ、藤間流の舞踊を稽古の軸に
据えながら、紋三郎派藤間流としての形を整えた。尾上家の芸統
の確かな技と、藤間流の様式美を融合させながら、弟子たちへの
指導に生涯を捧げた。
妻の藤間佳寿は初代とともに流派を支え、穏やかな人柄と確かな
芸によって弟子たちに慕われた。稽古場の日常を内側から守り続けた
存在であった。二人で積み上げた稽古の礼節と心得が、紋三郎派
藤間流の骨格をなしている。二人の遺した芸の精神と稽古への
誠実さは、門弟たちの心に深く刻まれ、世代を越えて受け継がれ
ながら、今もその教えは生き続けている。

昭和〜令和

二代目 藤間紋三郎

二代目 藤間紋三郎

昭和〜令和

二代目 藤間紋三郎

初代から受け継いだ紋三郎の名とともに、流派の当主として長年に
わたり紋三郎派を率いた。稽古への妥協のない姿勢と、弟子一人ひとり
への丁寧な指導で知られ、その指の先まで神経の行き届いた所作は
多くの者が手本とした。時代が変わっても芸の本質を守り続けることを
信念とし、日本舞踊の美しさと精神を伝えることに生涯を費やした。
その芸と志は、三代目 藤間紋三郎へと確かに受け継がれ、今も荻窪の
稽古場に息づいている。

書籍のご案内

「大橋屋」

江戸の芝居町に根ざした大橋屋の歴史を、
豊富な写真と資料で綴った一冊。
これまでの流派の歩みと受け継がれてきた芸の
系譜を丁寧に解説しています。
紋三郎派の深みと伝統を知るための格好の
入門書でもあります。